薄暗い部屋の中、一人の女性と、彼女の前には大きな台が1つあるだけで、部屋の中はガランとしている。
 女性は台の上にあるものにそっと手を伸ばし、労るように、慈しむように、ゆっくりと優しくなでる。

「私が私でなくなって、辛かった?寂しかった?」

 淡々と言葉を発する彼女の瞳は口調とは裏腹に、悲痛に満ちていた。

「さっき久しぶりに怒こられちゃった。」

 ゆっくりと、冷たくなった大事なものの1つだった彼に話しかける。

「私は果たさなければならない重大な役目があるのだから、とるに足らない者のために立ち止まることは…出来ない。」

 優しく頬をなでていた手が、震え始める。

「でも、今、ここで、吐き出すために立ち止まらないと…いつか、きっと、歩けなくなるようになってしまう」

 女性の目からは大粒の涙が溢れ、頬を伝って落ちていく。

「昔からよく言ってたよね。『辛いときにいっぱい泣いた後は、泣いく前より強くなれる』って。もっと強くなって、みんなを守れるように、もう大事なものを失わないように、いっぱい泣くよ…」

 耐えきれなくなったのか、女性は横たわっている大事な人にすがり付く。

「大好きだよ、お兄ちゃん…ずっと支えてくれて、私を守ってくれてありがとう」

 しばらくの間そうして泣いた女性は、ゆっくりと起き上がり、柔らかく微笑む。

「"彼"のなかでゆっくり休んでて。きっとあのこを解放してみせる」



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