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 庭園を散策した後、フィリネグレイアはトリウェルに案内され王宮の一室の前までやって来た。
「こちらがフィリネグレイア様に滞在していただくお部屋です」
 扉を開け、中に入って行くトリウェルに続いてフィリネグレイアも中に入る。
「婚儀が終わるまではこちらを自由に使って下さい。専属の女官が二名付きます。何か不都合がありましたら彼女らにお申し付け下さい」
「分かりました。案内ありがとうございます」
「では、失礼いたします」
 礼をとり、トリウェルは退室していった。
 それと入れ替わる様にして、別の扉からフィリネグレイアの侍女であるミュレアが姿を現した
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま。もう少し早く出て来ていればトリウェルに会えたのに。・・・そちらの方々は?」
 ミュレアとトリウェルが会わなかった事が残念だったので、フィリネグレイアは顔を曇らせた。
 そして直ぐにミュレアの後ろにいる2人の女性の存在に気付き、彼女に問う。
「お初にお目にかかります。この度フィリネグレイア様付きになりました女官のサヴィアローシャにございます」
「同じくトリエにございます」
 女官たちがフィリネグレイアに向けて礼を取る。
「サヴィアローシャとトリエですね。オイネット家のフィリネグレイアです。これから宜しくお願いします」
 フィリネグレイアが笑顔で言うと、女官たちも笑みを返す。
 彼女たちが笑顔を返してくれたこと、その表情に不自然な所がないことに、フィリネグレイアは安心した。
 彼らは自分に友好的だ。
 まあ、危険分子となる存在を王妃候補に付けるはずがないかと考え直す。
「ミュレアさんがおっしゃっていた通り、お優しそうな方ですね」
 トリエが小さくサヴィアローシャに言った言葉にフィリネグレイアは首を傾げた。
 ミュレアが自分の事を彼女たちに話したようだが、はてさて。どのように話した事やら。
「私語は慎みなさい、トリエ」
 厳しくいうサヴィアローシャにトリエが首をすくめた。
「も、申し訳ありません」
 トリエはフィリネグレイアに向け謝罪をするが、悪口ならまだしも好印象を口にしただけだ。フィリネグレイアは全く気にしていない。
「謝ることは無いわ。トリエにはわたくしが優しそうに見えるの?嬉しいわ」
 フィリネグレイアの言葉に、トリエは顔を赤くした。
「わたくしは格式ばったやり取りがあまり好きではないの。堅苦しいのはなしに友人に近い感覚で接して貰えるとありがたいのだけれど・・・」
 自分の要望を言ってみたのだが、最後の方は迷惑だろうかと思い声が小さくなっていく。終いには顔を伏せてしまった。
 1人落ち込んだフィリネグレイアの様子に、サヴィアローシャとトリエは顔を見合わせ、その後ミュレアを見た。
 彼女は苦笑して彼女らの視線での問いに頷く。
「それをお嬢様はご要望ですか?」
 サヴィアローシャは静かにフィリネグレイアへ問いかける。その問いに、フィリネグレイアは少し心が痛んだ。
 やはりお嬢様の我が儘と取られてしまったか。
 フィリネグレイアは、強い意思を持ってサヴィアローシャを見つめる。
「貴女達と親しくなりたいというのはわたくしの希望です。でも強制ではないわ。貴女が主人とは一線を引きたいのならそれを無理やり超えるつもりはありません。唯、少し意地の悪い事はするかもしれないけれど」
 擬音を付けるなら「にやり」というのがふさわしい、悪い笑みをフィリネグレイアは浮かべる。
「お嬢様」
 再びミュレアが声をかける。
「あら、どうかしましたか?ミュレア」
 今度は可愛らしい笑みをフィリネグレイアは自分の顔に作る。そのやり取りに、サヴィアローシャとトリエは笑った。
「本当に、面白い方ですね。フィリネグレイア様は」
 サヴィアローシャの言葉に、フィリネグレイアは先程までの作った笑顔ではなく、純粋な彼女の笑顔を浮かべた。
「褒め言葉として受け取っておくわ。ところで、お茶を用意してもらえるかしら。喉が渇いてしまったの」
「はい、只今用意いたします」
 フィリネグレイアの要望に、ミュレアは直ぐ行動に移す。
「私もお手伝いします。トリエは片づけに戻って」
「はい」
 まだ王宮の設備に詳しくないミュレアを手伝うためにサヴィアローシャが手伝いを申し出る。トリエはサヴィアローシャの指示に返事を返して別室へ戻って行った。
 ミュレアとサヴィアローシャも居間から退室し、残されたフィリネグレイアは居間にある長椅子に座る。
 座ったとたん体にずっしりと重りが体に乗った様な感覚がし、ああ、自分は疲れているのかと彼女は他人事の様に思った。


 程なく、ミュレアとサヴィアローシャが戻って来た。
 その事に気付いたのだが、どうも体が重く思うように動かない。
 ミュレアに配給を任せ、サヴィアローシャが別室に入って行った。
 それを確認し、ミュレアはフィリネグレイアに声をかける。
「お嬢様、このような所で寝てしまっては風邪を引きます」
「ええ・・・」
 返事をし、まだ微睡の中にある意識をなんとか引き上げる。
「お茶です。飲むとすっきりしますよ」
 ミュレアが差し出したカップを受け取り、口を付ける。彼女の言った通り、爽やかな香りがフィリネグレイアの意識を浮上させた。
「おいしい」
 彼女の小さな呟きを聞いたミュレアは優しく微笑んだ。
「片づけは終わりそう?」
「女官の方々に手伝って頂けたおかげで予定より早く終わりそうです」
 そう、とだけ返し、フィリネグレイアは一口お茶を飲んだ。
「それにしても、どうして後宮ではなく王宮に滞在するのかしら。どのみち後宮に移るのに。効率が悪いわ」
「日常品以外のほとんどのものは既に後宮に運び込まれているようなので、ここから後宮に移る際は、屋敷からこちらに移るよりは余裕があります」
「それでも、ミュレア達の仕事が増えるわ。陛下は何を考えていらっしゃるのかしら」
「私には国王陛下のお考えは分かりかねます」
 簡潔なミュレアの答えに、これ以上1人で愚痴を言うのも空しいと感じ、フィリネグレイアは口を閉じた。
 不快な事を考えるより、ミュレアに入れてもらったおいしいお茶を堪能しようと思考を変える。
「私も片づけに戻ります。御用がありましたらお呼び下さい」
 ミュレアはそう言うと礼をとって女官達がいる部屋へ戻って行った。
 しばらくの間ミュレアに入れてもらったお茶を飲みながら、フィリネグレイアは1人ゆったりとした時間を過ごしていた。
 だが、そのゆったりとした雰囲気を切り裂くように室内に訪問者がやって来た事を知らせる音が鳴り響いた。
 誰が来たのだろうかと首を傾げる。
 別室から出て来たサヴィアローシャが訪問者を確認しに行き、間もなく彼女は戻って来た。
「オイネット公爵様が御見えになられております」
「お父様が?そう、こちらに御通しして」
 持っていたカップをテーブルに戻し、ミュレアを呼んで父親の分のお茶を用意させる。
 少し待つと、オイネット公爵が室内に入って来た。
「御帰りになられるのですか?お父様」
 ここに来た理由はしっかりと分かっていると笑顔で告げるフィリネグレイアに父親は苦笑する。少し不機嫌になっている娘の隣りに腰を下ろした。
「ああ。帰る前に可愛い娘の顔を見ようと思ってね」
 オイネット公爵が腰を落ち着けたところで、ミュレアが彼の分のお茶をテーブルの前に置く。
 ミュレアに礼を言い、まずはお茶を一口飲んだ。
 そして娘が不機嫌である原因が何なのか、大方の予想がついているオイネット公爵はフィリネグレイアに問いかける。
「昼間は王と多く会話が出来たか?」
「ええ。とても楽しい一時を過ごす事が出来ましたわ」
 ツンと澄ましながら答える。やはり彼女が不機嫌な理由はそこにあるらしい。
 彼女が国王にあまり良い感情を持っていない事は分かっていた。だが、それをそのままにしていてはこの先やっていけないだろう。
「フィー」
 その表情と声音でフィリネグレイアは父親が言いたいだろう事をくみ取った。彼女は一瞬表情を曇らせた後、直ぐにそれを消して頷く。
「陛下は優秀な方だ。国について多くの事を教わると良い」
 声音は穏やかだが、フィリネグレイアに向ける眼差しはひどく冷え切ったものだった。
 この父親は子ども思いの良い親である。今回の事も彼女に決して無理強いせず、彼女の意思を最終決定とした。だが、一度政治の事となると例え家族と言えど容赦しない。
 それがオイネット公爵という男だ。
 そんな父親だからこそ、彼女は常に目標とし尊敬してきた。
 フィリネグレイアは素直に父親の言葉を受け止める。そうすることが賢い選択だ。
「はい、お父様。お父様の、この国の力となれるよう日々精進していきます」
 フィリネグレイアの言葉に、オイネット公爵の眼差しは先ほどとは打って変わり、娘を愛しむそれになっていた。
 政治から離れた彼は子煩悩の愛妻家なのだ。
「期待しているよ、フィー。」
 もう少し娘と話していたかったが、オイネッ公爵は屋敷に帰るためにフィリネグレイアに別れを告げる。
「さて、そろそろ御暇するよ。帰りが遅くなってしまう」
 立ちあがったオイネット公爵を見送る為、彼女も立ちあがりその後ろについて行く。
「御見送りいたします」
「いや、もう外は暗くなってきているから見送りはここまでで良い。それに慣れない場所で疲れているだろう?ゆっくりと休みなさい。それじゃあ、元気で」
「お父様も御元気で、お母様に宜しく御伝え下さい」
 母親の事を思い、子どもの様な幼い笑顔を見せる。そんな彼女の反応にオイネット公爵は笑みがこぼれた。
「ああ」
 最後に娘の頭を優しく撫で、オイネット公爵は扉へと向かう。
 彼女は微笑みながら扉の向こうへと消えていく父親を見送った。