息がかかった耳など服の袖で強くこすりつけ、強い刺激でその感触を取り払いたいとさえ思った。だが、そのような行動がとれる状況ではない。
彼女はざわめく感情を無理やり抑えるために、色とりどりの花を咲かせている庭園を見つめ、心を静めようとした。
彼女が平常心にもどろうと努力している最中、誰かが近づいてくる足音が聞こえて来た。
誰だろうと音のする方を見ると、フィリネグレイアと同年代だと思われる容姿をした青年が少し離れたところに佇んでいた。
フィリネグレイアは何故彼がここに来たのか分からない。だが、国王には彼がここに来ることが想定外ではなかった様で静かに問いかける。
だが、その表情は苦々しいものだ。
「始まったのか」
国王が言った言葉に青年が肯く。
「はい。トリウェルが陛下を探し始めました。間もなくこちらに来るかと」
何かが始まったのだろうか。
フィリネグレイアは自分が持っている少ない情報から推測し、ある一つの事を問いかける。
「陛下、今日はお休みではなかったのですか?」
本日、国王は婚約者であるフィリネグレイアを迎えるために休みを取っているはずだ。国王が休日の日を聞いて、王宮に移る日程を決めたのだから。
だというのに、国王の側近であるトリウェルが国王を探しているという。彼が何故、国王を探しているのか。
笑顔で問いかけるが、国王はフィリネグレイアの方へ顔を向けようとしない。
これは答えてもらえそうにない。
今度はまだ離れたところに立っている青年に問いかける。
「どうなのでしょうか、ラグレイ子爵」
青年はその顔に感情というものを浮かべずに彼女の問いに答えた。
「本日、陛下は休日の予定でした」
彼の微妙な言い回しから、その休みが何らかの理由で取り消されたことを覚った。 その時、大きな音を立ててまた一人、男性がやって来た。
「陛下!此方にいますか!?」
慌ただしくこの場にやって来た人物に、全員の視線が集まる。
「ああ!やっぱり此方にいらしたのですね。何やっているんですか、オイネット嬢を迎えたら、すぐお戻りになられるようにとあれほどお伝えしたではありませんか!」
周りの視線もなんのそのな男性が国王の元へ向かう。むしろ皆の視線が集まっていることに気づいていないのだろう。
「時間は有限です。さあ、執務室に戻りましょう」
そう言いながら国王の背後に周り、背中を押す。
一臣下がこのような行動をしても国王や青年は咎めない。国王はすごく嫌そうな表情をしたが。
「分かった、トリウェル。行くから押すな」
自分を押して目的地へ向かおうとするトリウェルの行動を止めるため、国王が言う。だが、そこに新たに現れた男性が警告した。
「油断するなウェル。隙を見せれば陛下はオイネット嬢を巻き込んで、逃げてしまう。」
今までトリウェルの奇行に注意が行っていた為、フィリネグレイアは新たにな男性の存在に驚いた。
第三者の忠告にトリウェルがピタッと数秒止まった後、フィリネグレイアの方を向いた。
「オイネット嬢、申し訳ありませんが陛下はこれより国務がありますので失礼いたします」
笑顔のトリウェルに、フィリネグレイアも笑顔で返事をする。
「はい。陛下、お勤め頑張って下さい」
そして、そのまま国王に言ってやった。これで自分を共犯者に出来ないだろうと心の中で呟きながら。
「オイネット嬢から励ましの言葉を貰ったのですから頑張らないといけませんね、陛下。さ、戻りましょう」
フィリネグレイアと逃げ出すつもりだったのなら、彼女をガードしてしまえ。そういう考えなのだろう。いまだ未練たらたらなのか、国王はじっとトリウェルを見る。
そこからちらりとフィリネグレイアに視線を移した後、小さく息を吐く。
「申し訳ありません、オイネット嬢。トリウェル、オイネット嬢を部屋までご案内するように・・・。クロード、イリア、戻るぞ」
国王の言葉にトリウェルが畏まりましたと返事をし、他の2人は国王の後に続いて王宮へ戻って行った。
「あれは、拗ねてるな」
国王をフィリネグレイアと共に見送ったトリウェルがぼそりと呟いた。
拗ねているとはどういうことだろうか。
首を傾げてトリウェルを見ていると、彼はフィリネグレイアの方を見て微笑んだ。
「お久しぶりですね、フィー」
「お久しぶりです。前回ここを訪れた時は、貴方が外出中で会えませんでしたから、3か月振りでしょうか」
「あの時は非常に残念でした。ミュレアは元気ですか?」
「ええ、今は荷物の整理をしているかしら。わたくしもすると言ったのだけれど、聞いてもらえなくて」
不満そうにぼやくと、トリウェルが笑った。
「それが彼女の仕事ですから。仕事を取り上げてしまってはだめですよ」
「分かっています」
不貞腐れているフィリネグレイアにトリウェルは笑みを深めた。その笑みを見たフィリネグレイアの心には双子の兄を思い浮かべた。
彼女の双子の兄であるロベルトは、フィリネグレイアと国王の結婚に対して反対していた。
結局最後まで兄を完全に説得する事が出来なかったのは残念だ。
双子のなせる技なのか、昔から彼女と兄はお互いの感情を敏感に感じ取っていた。何時もなら彼女が決めた事に反対しないロベルトが今回に限って強く反対してきたのは、フィリネグレイアの感情を今回も感じ取っていたためだろう。
「さて、お部屋へご案内いたします」
トリウェルが王宮へ足を向けたが、フィリネグレイアが止めた。
「トリウェル、もっと庭園を見たいのだけれど、駄目かしら」
まだ王宮に戻りたくなかったフィリネグレイアはトリウェルに提案した。フィリネグレイアが申し訳なさそうに言うと、トリウェルは笑顔で了承する。
「分かりました。私でよければお供させて頂きます」
「貴方もお仕事があるのに、申し訳ないわ。わたくし1人でも大丈夫です」
自分の我が儘でトリウェルの仕事に支障をきたす訳にはいかない。フィリネグレイアは彼の申し出を断った。
「大丈夫ですよ、今は休憩時間です。それに時間が押してしまっても問題ありません。優秀な部下が大勢頑張ってくれていますから」
「まあ。・・・では、お言葉に甘えて、お願いします」
少し考えてから、彼の好意を受け取る。フィリネグレイア自身、親しい間柄の彼と話すのは嬉しい。
とはいえ。
「トリウェルと2人きりで庭園を散策したと告げたら怒るかしら」
ぼそりと呟いた言葉はトリウェルには届かなかった。
「どうされました」
問いかけて来た彼にフィリネグレイアは首を横に振った。
「なんでもありません。さあ、行きましょう」
釈然としないながらもトリウェルは歩き出した彼女に続いた。
久しぶりに王宮の庭園を散策し、フィリネグレイアはその美しさを堪能する。彼女の心は、浮き立った。
「本当にここの庭園は美しいですね」
「毎日庭師達が丹精込めて手入れをしてくれているおかげで、私たちはこうして心和む風景を堪能出来ます」
トリウェルの感謝の言葉にフィリネグレイアは肯いた。
「ええ。王宮に仕えている彼らは本当に良い腕をお持ちですね。わたくしがいくら挑戦してもこの様に美しく咲き誇る花々を育てる事が出来ませんでした」
「まだ続けているのですか?」
「わたくしの趣味の一つです。ですが、もうそれも終いにしなければなりませんね」
悲しそうにそう言ったフィリネグレイアをトリウェルは慰める。
「何も咎めているわけではありません。生命を育むという行為は素晴らしい事です。ただ、今まで以上にやりにくくなるとは思いますが」
「そうですよね」
はあ、とフィリネグレイアは溜息を吐いた。
本当に残念そうなフィリネグレイアの様子にトリウェルは苦笑した。
「好きなものを我慢し過ぎるのは良くない事です。程度を考えて行うなら問題ありません。文句などねじ伏せます」
至極真面目に言ってのけたトリウェルのその言葉に、今度はフィリネグレイアが苦笑した。
「ありがたいですけど、程々にお願いしますね」
「もちろんです」
自分の中ではトリウェルは温厚で暴走しがちな皆を止める役だと思っていた。だが、どうやら周りが酷過ぎて隠れているだけで、見えにくいぶん、彼の方が敵にまわしたら厄介なのかもしれない。
彼の少し過激な言葉からフィリネグレイアはそう思った。
彼女はざわめく感情を無理やり抑えるために、色とりどりの花を咲かせている庭園を見つめ、心を静めようとした。
彼女が平常心にもどろうと努力している最中、誰かが近づいてくる足音が聞こえて来た。
誰だろうと音のする方を見ると、フィリネグレイアと同年代だと思われる容姿をした青年が少し離れたところに佇んでいた。
フィリネグレイアは何故彼がここに来たのか分からない。だが、国王には彼がここに来ることが想定外ではなかった様で静かに問いかける。
だが、その表情は苦々しいものだ。
「始まったのか」
国王が言った言葉に青年が肯く。
「はい。トリウェルが陛下を探し始めました。間もなくこちらに来るかと」
何かが始まったのだろうか。
フィリネグレイアは自分が持っている少ない情報から推測し、ある一つの事を問いかける。
「陛下、今日はお休みではなかったのですか?」
本日、国王は婚約者であるフィリネグレイアを迎えるために休みを取っているはずだ。国王が休日の日を聞いて、王宮に移る日程を決めたのだから。
だというのに、国王の側近であるトリウェルが国王を探しているという。彼が何故、国王を探しているのか。
笑顔で問いかけるが、国王はフィリネグレイアの方へ顔を向けようとしない。
これは答えてもらえそうにない。
今度はまだ離れたところに立っている青年に問いかける。
「どうなのでしょうか、ラグレイ子爵」
青年はその顔に感情というものを浮かべずに彼女の問いに答えた。
「本日、陛下は休日の予定でした」
彼の微妙な言い回しから、その休みが何らかの理由で取り消されたことを覚った。 その時、大きな音を立ててまた一人、男性がやって来た。
「陛下!此方にいますか!?」
慌ただしくこの場にやって来た人物に、全員の視線が集まる。
「ああ!やっぱり此方にいらしたのですね。何やっているんですか、オイネット嬢を迎えたら、すぐお戻りになられるようにとあれほどお伝えしたではありませんか!」
周りの視線もなんのそのな男性が国王の元へ向かう。むしろ皆の視線が集まっていることに気づいていないのだろう。
「時間は有限です。さあ、執務室に戻りましょう」
そう言いながら国王の背後に周り、背中を押す。
一臣下がこのような行動をしても国王や青年は咎めない。国王はすごく嫌そうな表情をしたが。
「分かった、トリウェル。行くから押すな」
自分を押して目的地へ向かおうとするトリウェルの行動を止めるため、国王が言う。だが、そこに新たに現れた男性が警告した。
「油断するなウェル。隙を見せれば陛下はオイネット嬢を巻き込んで、逃げてしまう。」
今までトリウェルの奇行に注意が行っていた為、フィリネグレイアは新たにな男性の存在に驚いた。
第三者の忠告にトリウェルがピタッと数秒止まった後、フィリネグレイアの方を向いた。
「オイネット嬢、申し訳ありませんが陛下はこれより国務がありますので失礼いたします」
笑顔のトリウェルに、フィリネグレイアも笑顔で返事をする。
「はい。陛下、お勤め頑張って下さい」
そして、そのまま国王に言ってやった。これで自分を共犯者に出来ないだろうと心の中で呟きながら。
「オイネット嬢から励ましの言葉を貰ったのですから頑張らないといけませんね、陛下。さ、戻りましょう」
フィリネグレイアと逃げ出すつもりだったのなら、彼女をガードしてしまえ。そういう考えなのだろう。いまだ未練たらたらなのか、国王はじっとトリウェルを見る。
そこからちらりとフィリネグレイアに視線を移した後、小さく息を吐く。
「申し訳ありません、オイネット嬢。トリウェル、オイネット嬢を部屋までご案内するように・・・。クロード、イリア、戻るぞ」
国王の言葉にトリウェルが畏まりましたと返事をし、他の2人は国王の後に続いて王宮へ戻って行った。
「あれは、拗ねてるな」
国王をフィリネグレイアと共に見送ったトリウェルがぼそりと呟いた。
拗ねているとはどういうことだろうか。
首を傾げてトリウェルを見ていると、彼はフィリネグレイアの方を見て微笑んだ。
「お久しぶりですね、フィー」
「お久しぶりです。前回ここを訪れた時は、貴方が外出中で会えませんでしたから、3か月振りでしょうか」
「あの時は非常に残念でした。ミュレアは元気ですか?」
「ええ、今は荷物の整理をしているかしら。わたくしもすると言ったのだけれど、聞いてもらえなくて」
不満そうにぼやくと、トリウェルが笑った。
「それが彼女の仕事ですから。仕事を取り上げてしまってはだめですよ」
「分かっています」
不貞腐れているフィリネグレイアにトリウェルは笑みを深めた。その笑みを見たフィリネグレイアの心には双子の兄を思い浮かべた。
彼女の双子の兄であるロベルトは、フィリネグレイアと国王の結婚に対して反対していた。
結局最後まで兄を完全に説得する事が出来なかったのは残念だ。
双子のなせる技なのか、昔から彼女と兄はお互いの感情を敏感に感じ取っていた。何時もなら彼女が決めた事に反対しないロベルトが今回に限って強く反対してきたのは、フィリネグレイアの感情を今回も感じ取っていたためだろう。
「さて、お部屋へご案内いたします」
トリウェルが王宮へ足を向けたが、フィリネグレイアが止めた。
「トリウェル、もっと庭園を見たいのだけれど、駄目かしら」
まだ王宮に戻りたくなかったフィリネグレイアはトリウェルに提案した。フィリネグレイアが申し訳なさそうに言うと、トリウェルは笑顔で了承する。
「分かりました。私でよければお供させて頂きます」
「貴方もお仕事があるのに、申し訳ないわ。わたくし1人でも大丈夫です」
自分の我が儘でトリウェルの仕事に支障をきたす訳にはいかない。フィリネグレイアは彼の申し出を断った。
「大丈夫ですよ、今は休憩時間です。それに時間が押してしまっても問題ありません。優秀な部下が大勢頑張ってくれていますから」
「まあ。・・・では、お言葉に甘えて、お願いします」
少し考えてから、彼の好意を受け取る。フィリネグレイア自身、親しい間柄の彼と話すのは嬉しい。
とはいえ。
「トリウェルと2人きりで庭園を散策したと告げたら怒るかしら」
ぼそりと呟いた言葉はトリウェルには届かなかった。
「どうされました」
問いかけて来た彼にフィリネグレイアは首を横に振った。
「なんでもありません。さあ、行きましょう」
釈然としないながらもトリウェルは歩き出した彼女に続いた。
久しぶりに王宮の庭園を散策し、フィリネグレイアはその美しさを堪能する。彼女の心は、浮き立った。
「本当にここの庭園は美しいですね」
「毎日庭師達が丹精込めて手入れをしてくれているおかげで、私たちはこうして心和む風景を堪能出来ます」
トリウェルの感謝の言葉にフィリネグレイアは肯いた。
「ええ。王宮に仕えている彼らは本当に良い腕をお持ちですね。わたくしがいくら挑戦してもこの様に美しく咲き誇る花々を育てる事が出来ませんでした」
「まだ続けているのですか?」
「わたくしの趣味の一つです。ですが、もうそれも終いにしなければなりませんね」
悲しそうにそう言ったフィリネグレイアをトリウェルは慰める。
「何も咎めているわけではありません。生命を育むという行為は素晴らしい事です。ただ、今まで以上にやりにくくなるとは思いますが」
「そうですよね」
はあ、とフィリネグレイアは溜息を吐いた。
本当に残念そうなフィリネグレイアの様子にトリウェルは苦笑した。
「好きなものを我慢し過ぎるのは良くない事です。程度を考えて行うなら問題ありません。文句などねじ伏せます」
至極真面目に言ってのけたトリウェルのその言葉に、今度はフィリネグレイアが苦笑した。
「ありがたいですけど、程々にお願いしますね」
「もちろんです」
自分の中ではトリウェルは温厚で暴走しがちな皆を止める役だと思っていた。だが、どうやら周りが酷過ぎて隠れているだけで、見えにくいぶん、彼の方が敵にまわしたら厄介なのかもしれない。
彼の少し過激な言葉からフィリネグレイアはそう思った。