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 茜と菫が喫茶店に入ると、いつもの様にゆったりとした雰囲気で満ちている店内とマスターが2人を迎えてくれた。
 茜は1人で来るときは必ずカウンターの席に座るのだが、今は菫と一緒なのでテーブル席に座る。水を置きに来たウェイターに茜はいつもの紅茶とチーズケーキのセット、菫はコーヒーとショートケーキのセットを頼んだ。
「茜ちゃん、今日は検査の日だったよね。どうだった?」
「詳細な結果は後日になりますが、お医者様には症状が落ち着いていると言われました」
「そう、良かった。そういえば、話は変わるけれど、最近男性にアタックしてるって聞いたよ」
 意地の悪い笑みを浮かべて菫が茜に問う。その質問内容に茜は驚き、目を見開いた後、一気に顔を赤らめた。
「す、菫さん!そんな事誰から聞いたんですか?」
 大きくなりそうになる声を意識して抑えて菫に問いつつ、菫が言った事を知っている人物を思い起こす。
 その中で菫と話す機会がある人物というと、1人しか思いつかない。
 この喫茶店の店長であるマスターだ。菫もこの店の常連であり、マスターとの交流もある。
 茜は原因であろう人を睨みつけた。睨まれた本人は、何故自分が睨まれているのか分かっているのかいないのか、茜と目が合うと笑みを浮かべただけで直ぐ他の客の方へ意識を向けてしまった。
 後で他の人にも余計な事を言っていないか確かめなければ、と取り敢えずマスターの事は置いといて、菫の方へ意識を戻した。
「それで、どういう人なの?」
 興味津々といった様子で菫は質問をすることを止めない。これははぐらかそうとするのは無駄だろうと早々に諦め、茜は素直に答えることにした。この程度の情報を誰かに話したところで不利な状況になることはないと茜は判断した。
 それでも、ため息が出てしまうのは仕方がない。茜は深く息を吐いた。
「どういう人と聞かれると、なんと答えていいのか悩むんですが・・・そうですね。穏やかな雰囲気の人です。異性が苦手な私でも普通に接することが出来る人です」
 蘇芳の事を思い出して話しているせいか、茜の表情はまさに恋する女性といったものである。それを見た菫はニヤニヤとした笑を浮かべる。そんな菫の表情を見て、茜は顔が熱くなった。
「す、菫さんのお相手はどういう人なんですか?今お付き合いしている人、いるんですよね」
 反撃と言わんばかりに茜は菫に質問をする。
「ん?私?」
 菫が反応したところでウェイターが注文したものを持ってきたので、一旦会話を中断して注文したものを受け取る。ウェイターに礼を言い、二人はお茶とケーキを楽しむ。
「菫さん、さっきの質問の答えをお願いします」
 甘いものを堪能しながら、途切れたせいで聞けなかった菫からの返答を茜は要求した。
 ごまかせなかったか、と菫は苦笑を浮かべた。
「そうね、家族になりたいと思える人・・・かな。恋人という関係で終わりにしたくないと思える人よ。ってこれは私のあの人に対する思いだけれど」
 恥ずかしそうに笑みを浮かべて語る菫を見て、茜は羨ましいと思った。
 好きな人との未来を描ける彼女はとても恵まれている。自分には出来ない事が出来てしまうからこそ、茜にとって菫は眩しい程の存在に見えるのだろう。
「そういう人に出会えた菫さんがすごく羨ましいです」
「茜ちゃんも、もう出会えたんでしょう?」
「でも、それは私の一方的なものですし」
 言いよどむ茜に菫は優しく、諭すように言う。
「自己完結は大事な事だけれど、すべて自分の中だけで終わらせてしまうのは危ないからね。相手の気持を知ることも、大事」
 菫の言葉に、茜は胸を突かれた。
「はい。・・・菫さん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 菫はコーヒーの入ったカプを手に取って口を付ける。
 茜も紅茶を一口飲んだ後、チーズケーキを食べるためにフォークを手に取ると1口大に切り取ってケーキを食べる。チーズケーキの風味と甘さが口の中に広がり、自然と笑顔を作る。
 しばらくの間、菫と茜は自分たちが注文したものを堪能しつつ、会話を楽しんだ。

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