back / top / next

 茜は、蘇芳と美術館へ行こうと提案した時は不安を覚えていた。
 だというのに、予定が決まり遂に明日が約束した日と言うところまで来ると、不安は鳴りを潜め、彼女は期待に胸が弾んでいた。
 そんな茜を彼女の友人である芳野緑は胡乱気に見ていた。
 いつになく浮足立っている上に、いつも静かに集中して授業を受けている茜がここ最近授業に集中できていないの事を緑は気にしていた。
「茜、最近何かあった?」
 大学構内のラウンジで昼食を取っている時、緑はとうとう耐えられずに、茜へ問い掛けた。
 茜は購買で買ったメロンパンを頬張りながら緑をきょとんと見つめる。そのような事を聞かれると茜は思ってなかったので、緑の質問に驚いた。
 緑はカフェラテを飲みながら茜をじっと見つめる。
 口の中に入っているメロンパンを咀嚼し、飲み込んでから茜は緑の問いに答える。
「先日、蘇芳さんと一緒に出掛ける約束をしたの」
 それだけを言うと、茜はペットボトルに入っているミルクティーを飲む。
 簡潔に事実だけを教えられた緑は脱力した。茜がこういうドライな人物だと知っていたが、それでも、もう少し別な言い方があるだろうに。
 だが、それを指摘しても茜は首を傾げてそう?と言うだけだと分かっている。だから、緑は別の事を口にする。
「ふうん・・・で?どこに行くの?」
「美術館」
 これまた簡潔に答えが返って来た。
 美術館に意中の人と行く、というシチュエーションに緑は眉間に皺を寄せ、険しい表情を作った。
「う〜ん。美術館に行くっていうのはデートとしては非常にやり難いと思うんだけど、大丈夫?」
 茜は首を傾げ、何で?と緑に問う。
「緑と一緒に遊びに行く時はよく博物館に行くじゃない」
「友達と遊びに行くのとデートは違うでしょ。それに、私との場合はお互い自分のペースで好き勝手に展示物を見るけれど、デートでそれと同じようにするのはどうかと思うわけよ、私は。映画とか見ている時間が全員同じものだったら問題ないと思うけど、展示物は見る時間が決まっているわけじゃないし人によって好みも違うからから、他の人と一緒に見て回るのは大変じゃないかな」
 茜は「そう言われれば、そうかもしれない」とやけにあっさりとした返事をしただけで、特に気にする様子は全くない。
 茜のその反応に、緑は溜息を吐いた。茜は緑の反応を笑って受け流す。
「今さら予定なんて変えられないし、あの時は蘇芳さんを誘うのにいっぱいいっぱいでそこまで気が回らなかったのだから仕方ないじゃない。次は気を付けます」
 あっさりとした茜の言葉に、緑は険しい表情を苦笑に変えた。
「まあ、茜らしいと言えばらしいけどね。上手くいくよう願ってるわ」
「ありがとう」
 緑の激励の言葉に、茜は素直に礼を述べた。

back / top / next