独特のにおい。
幼い頃から嗅ぎ慣れてはいるが、早々にこの臭いが届かない場所へ行って空気を吸いたい 。
隅々まで清掃された広い廊下を歩く。沢山の光が入るように設計されたのだろう大きな窓から見える外の景色は、朝よりも降る量が増えた雨によってほんの少し霞みがかって見える。この中を歩いて行かなければならないのかと思うと、うんざりする。
雨の中を歩く事は嫌いではないが、大粒の雨の時は雨の重みで差している傘が重くなっていつもより疲れてしまう。
今いる場所、県立の病院から最寄り駅までは10分程かかる。もう少し近くにあっても良いだろうに、とここに来る度に思う。
午後に予定していた用事が無くなってしまい、正直暇だ。自宅に帰っても良いが、1人でいると気分が沈んでどうしようもない事を延々と悩んで落ち込んでしまいそうだ。
買い物に行くにしても、今は特に欲しいと思っている物はない。目的も無く買い物に行く事は苦手だ。
友人と遊ぶという選択肢もあるが、突然誘いを駆けられるほど親しい友人は緑くらいで、彼女は今日用事があると言っていたため、友人を頼ることも出来ない。
雨で外へ絵を描きに行く事も出来ない。
特に良い案が思いつかなかったので、茜は今日の報告もしなければならないし、とマスターに会いに喫茶店に行くことにした。
決まってしまえば、後は行動に移すだけだ。
茜は病院を出るために、出入口を目指して歩く。
病院のエントランスホールまであと少しという所で、茜は見知った人たちが自動ドアを通って病院内に入ってくるのを見つけた。
仕事に追われているだろうと思っていた蘇芳と、彼の友人である菫。
思わず、茜は足を止めた。
2人は穏やかに談笑しながら歩いて行き、呆然と立っている茜には気づかない。
その姿を茜はぼんやりと見送る。
ほんの少しの間、彼らが消えていった方を見ていた茜は、こんな所で突っ立っていては他の人の邪魔になると上手く頭が働かないまま外に出るため歩き出した。
病院の玄関に預けていた自分の傘を取り、自動ドアを抜けて外に出る。
駅へと続く道を歩いていると、ぽつぽつと雨が体に降り注いできた。
ぼんやりと歩いている内に屋根のある場所を通り過ぎていたらしい。
ああ、傘を。差さないと。体が濡れてしまう。
雨に打たれながら、持っている傘を広げる。広げた傘を上に向け、自分の体を空から隠してしまう。
傘に雨が当たって立てる音にしばし耳を澄ませた後、再び駅に向かい歩き始めた。
2人の姿を見た時「どうして」という言葉が浮かんで、消えた。
「菫さんと一緒にいたという事がショックだったんじゃないんです。ただ、まだ私は、どういう事情があったのかを話して貰える、蘇芳さんの深い所まで踏み込める存在ではないと再認識して落ち込んでいるんだと思います」
喫茶店に来るまでの出来事をマスターに話すと同時に、正体が分からなかった胸のつかえが何だったのかがはっきりと分かってしまった。
その思いから、目をそらす。
「焦ることはないさ。時間が限られていると言っても、ね」
マスターの励ましに茜は苦笑を返す。
茜は蘇芳に対する好意を相手に明確に告げる期限を決めていた。彼女は年が明ける頃にはこの土地を離れ、生まれた場所へ帰る。それをマスターも知っている。
自分もあの人に言えない事があるというのに、相手に言ってもらえない事に不満を覚えるとは・・・なんてわがままなんだ。
思っていたよりも話が長くなってしまった様だ。喫茶店に蘇芳の電話がかかって来てからだいぶ経つ。そろそろ彼が此処にやって来るだろう。
幼い頃から嗅ぎ慣れてはいるが、早々にこの臭いが届かない場所へ行って空気を吸いたい 。
隅々まで清掃された広い廊下を歩く。沢山の光が入るように設計されたのだろう大きな窓から見える外の景色は、朝よりも降る量が増えた雨によってほんの少し霞みがかって見える。この中を歩いて行かなければならないのかと思うと、うんざりする。
雨の中を歩く事は嫌いではないが、大粒の雨の時は雨の重みで差している傘が重くなっていつもより疲れてしまう。
今いる場所、県立の病院から最寄り駅までは10分程かかる。もう少し近くにあっても良いだろうに、とここに来る度に思う。
午後に予定していた用事が無くなってしまい、正直暇だ。自宅に帰っても良いが、1人でいると気分が沈んでどうしようもない事を延々と悩んで落ち込んでしまいそうだ。
買い物に行くにしても、今は特に欲しいと思っている物はない。目的も無く買い物に行く事は苦手だ。
友人と遊ぶという選択肢もあるが、突然誘いを駆けられるほど親しい友人は緑くらいで、彼女は今日用事があると言っていたため、友人を頼ることも出来ない。
雨で外へ絵を描きに行く事も出来ない。
特に良い案が思いつかなかったので、茜は今日の報告もしなければならないし、とマスターに会いに喫茶店に行くことにした。
決まってしまえば、後は行動に移すだけだ。
茜は病院を出るために、出入口を目指して歩く。
病院のエントランスホールまであと少しという所で、茜は見知った人たちが自動ドアを通って病院内に入ってくるのを見つけた。
仕事に追われているだろうと思っていた蘇芳と、彼の友人である菫。
思わず、茜は足を止めた。
2人は穏やかに談笑しながら歩いて行き、呆然と立っている茜には気づかない。
その姿を茜はぼんやりと見送る。
ほんの少しの間、彼らが消えていった方を見ていた茜は、こんな所で突っ立っていては他の人の邪魔になると上手く頭が働かないまま外に出るため歩き出した。
病院の玄関に預けていた自分の傘を取り、自動ドアを抜けて外に出る。
駅へと続く道を歩いていると、ぽつぽつと雨が体に降り注いできた。
ぼんやりと歩いている内に屋根のある場所を通り過ぎていたらしい。
ああ、傘を。差さないと。体が濡れてしまう。
雨に打たれながら、持っている傘を広げる。広げた傘を上に向け、自分の体を空から隠してしまう。
傘に雨が当たって立てる音にしばし耳を澄ませた後、再び駅に向かい歩き始めた。
2人の姿を見た時「どうして」という言葉が浮かんで、消えた。
「菫さんと一緒にいたという事がショックだったんじゃないんです。ただ、まだ私は、どういう事情があったのかを話して貰える、蘇芳さんの深い所まで踏み込める存在ではないと再認識して落ち込んでいるんだと思います」
喫茶店に来るまでの出来事をマスターに話すと同時に、正体が分からなかった胸のつかえが何だったのかがはっきりと分かってしまった。
その思いから、目をそらす。
「焦ることはないさ。時間が限られていると言っても、ね」
マスターの励ましに茜は苦笑を返す。
茜は蘇芳に対する好意を相手に明確に告げる期限を決めていた。彼女は年が明ける頃にはこの土地を離れ、生まれた場所へ帰る。それをマスターも知っている。
自分もあの人に言えない事があるというのに、相手に言ってもらえない事に不満を覚えるとは・・・なんてわがままなんだ。
思っていたよりも話が長くなってしまった様だ。喫茶店に蘇芳の電話がかかって来てからだいぶ経つ。そろそろ彼が此処にやって来るだろう。