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「そうそう。昨日あの人から連絡が来たよ。結果をきちんと知らせてないんだって?携帯電話にも出ないと嘆いていたよ」
 茜は露骨に眉間にしわを寄せた。
 2日置き程度に実家から、主に父や兄たちから掛かって来る電話を茜は完全に無視していた。彼らは揃って実家から遠い土地に住んでいる茜に早く戻って来いと言ってくるのだ。茜も最初はあと1年だけこちらにいたいと主張し、自分の考えを伝えるなどきちんと対応していた。だが、そのやり取りを2,3ヶ月も続けていれば、父や兄たちとのやり取りにうんざりしてしまい、その対応がいい加減なものになってしまうのは仕方ないだろう。
「母には連絡を取っていますから、そちらから結果は伝わっているはずです」
 家族と茜のやり取りについて知っているマスターは苦笑した。
 末の娘であり、兄弟の中で唯一の女の子である茜を彼女の父親や兄たちは非常に大事にしている。それこそ過保護な程に。
 かと言ってむやみやたらと彼女を庇護して行動を制限しようとはしない。きちんとこちらの意思を伝えれば、理解しようとしてくれるし必要ならば協力もしてくれる。
 それに、茜と彼らがこれ程対立したことは今回が初めてである。
 茜の家族が彼女の希望をねじ曲げてでも手元に戻そうとする理由が理由だけに、マスターは彼らの反応は仕方ないだろうと理解出来る。だが、その理由があるからこそ、あと約1年をこちらで生活したいという茜の願いも、マスターは痛いほど理解出来た。彼女の様子をそばで見ているからこそ、彼女の願いを叶えてやりたいと強く思う。
「君の元気な声を聞きたいんだよ。私からもあまり我が儘を言わないように言っておくから、定期的に連絡して上げなさい」
 不機嫌そうな表情をしていた茜はまだ不満気だが、マスターの言葉に小さく分かりましたと返事をした。
 彼女だって父や兄たちが自分を心配しているのは十分理解している。それでも譲れない思いがある。
「それにあまり放置していると、痺れを切らしてこっちに押しかけるかもしれないよ」
 それまでの優しい笑顔を少し意地悪なものに変えてマスターが言った。
 紅茶の入ったカップをじっと見ていた茜は、その言葉を聞いた瞬間にマスターの方へ視線を向けた。マスターの方を見る彼女の表情から、マスターの言った事が現実となるのは非常に困る、という思いが伝わって来る。
「それは、色々と非常に困ります」
「なら、面倒くさがらずにきちんと連絡するんだよ」
 茜は無言で頷き、紅茶を飲んだ。その仕草を見て、マスターは小さい頃の彼女の姿を思い出した。
 生まれる前から見守ってきた大事な女の子。
 そんな彼女の未来が、決して明るいものではないという事実に、マスターは胸を痛めた。せめて彼女の希望が叶うことを願う。

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