第5話 大きくなっていく存在

 博都さんの家に行った次の日、私は再び彼と会った。

 その日の放課後、私は学校近くのショッピングセンターで、自分の物と母に頼まれたお茶を購入してから私は家路についた。
 その途中に彼が、いた。

 私は電車で家に帰るために駅の改札を定期を使って通り、ホームへ入り適当な位置へ移動する。
 ぽつぽつと人がいるその中に、私は見覚えのある人物を見つけた。
「あ、柴田さん」
 ホームに設置されているベンチに一人座っている彼の近くへ歩いて行く。
「今帰り?」
「ええ。村上くんも?」
「うん。あ、ここ座る?」
 彼は自分の隣に置いていた鞄を膝に置く。
 厚意を拒否する理由もないので私は失礼して彼の隣に座る。
「今日も教室で勉強してたの?」
「買い物をしてきて、それでこの時間に」
「へえ。・・・柴田さんってどうして部活に入ってないの?」
「特に入りたい部がなかったから」
「ふ〜ん」
「村上くんは何か部活に入っているの?」
「俺?・・・俺は入ってたけど辞めた」
「そう」
 私はそれだけしか言えなかった。
 何故?と彼に問いかけて話を続ける事も出来た。
 だが、私はそうしたいと思わなかったし彼もそれを望んでいないような気がした。
 2人で無言のまま向かいにあるホームを見つめる。
 風の音や人が生みだす音を聞きながら私たちはやがて来る電車を待つ。
「柴田さんって一人っ子?」
 唐突に村上くんが話し始めた。
 私は村上くんの方を見て頷く。
「うん。一人」
「やっぱり。そんな感じがした」
 自分の予想が当たって嬉しかったのか、彼は綺麗に、眩しいくらいに笑った。
「村上くんは?」
 気づけば自分から彼に問いかけていた。
「俺は四人兄弟の二番目。上に兄貴、下に妹と弟がいる」
「賑やかそう」
 私は彼の兄弟を想像して、笑った。
「賑やかというより騒がしいな。毎日戦いだよ」
 彼は自分の兄弟達を思い出しているのか、嬉しそうに笑った。
 彼が羨ましいとほんの少し思った。
 私には血を分けた兄弟がいない。
 兄弟という関係がどういったものなのか分からないが、彼の笑顔を見ているとその存在はきっと大事なものなのだろう。
 血が繋がっていなくとも、多くの時を共にして育った存在を兄弟といえるのならば、他の人より多く幼い時を共に過ごしたあの人は私の兄になるのだろうか。
 でも、あの人と私は婚約者という関係になってしまった。
 兄妹が結婚するなどあり得ない。だからやはり私には兄弟がいないのだ。
 そう結論付け、少しだけ寂しくなった。
「一人っ子ということは、昨日迎えに来た人はお兄さんじゃないよね」
 村上くんの言葉に息が詰まった。
 昨日、私を迎えに来てくれた博都さんを見かけたのか。
 学校まで迎えに来てもらったのだから誰かに見られる可能性があると分かっていたが、直接聞かれると言葉に詰まってしまう。
「あの人は、古くから付き合いのある家の人で、小さい頃からお世話になっているの。・・・言わば私の兄の様な人」
 自分がこっそり思っていた事をさらけ出す。それは何故かとても緊張する行為だった。
「そうなんだ」
 村上くんがそう言った後、丁度良くホームに電車が来るアナウンスが流れた。
「電車・・・くるね」
 電車が来てしまったら彼と話しているこの時間が終わってしまうのか。それがとても残念だった。
「降りる駅まで喋ってる?」
 村上くんが先程まで出していた声より小さな音量で、囁くように提案した。
 少し間を置いて、私は頷いた。
「うん」
 間もなく入って来た電車で発生した風が吹き抜ける。
 目の前を走って行く電車を見つめる。
 もう少しで電車が止まるというところで村上くんが椅子から立ち上がった。私も立ちあがる。
 やがて電車は止まり扉が開いた。
 私たちは何も言わず中に入る。
 適当な席に、ホームにいた時の様に、並んで座る。
 降りる駅まで何か喋ってると聞かれて頷き返したが、何か話したい事があるわけではなかった。
 窓の向こうの流れる景色を見ながら時が過ぎていく。
「ここって本当に自然が多い所だよね」
 村上くんの言葉に私は首を傾げた。
 私は物心ついた時からこの風景を見てきてその中で育った。色々なものが集まる中心地でもここの自然が多いと思うほどではない。
「そう?他の所ではこうではないの?」
「俺が前住んでいた所は建物ばかりでこんなに開放的じゃなくて中心地では人がごった返していたし、緑も少なかった」
 彼の言葉の場所を想像してみて、私は少し気分が悪くなった。
 建物が密集していて風通しが悪い場所。
 そこに多くの人が集まり、淀みが溜まっていく。その淀みが自分に沁み込んで、自分が自分で無くなってしまいそうな恐怖を感じた。
「ここは、好き?」
 何故この質問をしたのか分からない。だが、気づいたらこんな質問をしていた。
 私の問いに彼は驚いたようだったが、直ぐにその表情を笑みに変えた。
「うん。俺はここが好きだ」
 彼の答えに、私は嬉しくなった。
「私もここが好き。ずっとここで暮らしているからかもしれないけれど」
 オレンジの日が車内に降り注ぐ。
 ふと私はある事を思い出した。
「蛍」
 小さく呟いたその声は電車の音でかき消されてしまったが、辛うじて彼に届いたようだ。
「蛍?」
「うん。もうすぐ、うちの近くで蛍が見られるの」
 私の言葉に村上くんは顔を輝かせた。
「え?本当に!?」
 彼は驚きの中に嬉しさをにじませている。私は彼の勢いに身を引いてしまった。
「あ・・・ごめん、急に大声出して。でも、俺、一度も蛍見た事無いんだ」
「そうなの?」
「うん」
 素直に頷く彼はなんだか可愛かった。
「それじゃあ、蛍が見れる頃に一緒に見に行く?」
「もちろん。絶対だよ」

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地元だと電車は大抵一時間に一本だけ・・・。