第3話 切っ掛け

 博都さんとあの公園に行った日の後、私は彼に誘われて色々な所に行った。
 それは私にとって、とても有意義な時間で。彼もそう感じてくれていたらと願いながらも、目の前に差し出された楽しい時間を満喫していた。

 そして、あっという間に春休みが終わり、新学期が始まった。

「あやめ〜」
 自分の机で次の授業の準備をしていると、高校に入って知り合った友人である住田ほたるが私の元へやって来た。
「どうしたの?ほたる」
 何かあっただろうかと思い出そうとするが、思い当たることが無い。
「さっき友達から聞いたんだけど、あの謎の新入生来るんだって!」
「謎の新入生って誰の事?」
 私が質問するとほたるに呆れた顔をされた。
「イケメンが入学式以降学校に来てないって噂になったじゃない。ようやくその姿を拝見する事が出来るのよ!!」
 ほたるが表情を輝かせて言う。彼女のそんな態度に私は苦笑した。
「嬉しそうだね」
「そりゃあね。目の保養が増えるのは大歓迎よ」
 そういうものなのだろうか、と内心首を傾げる。
「あやめは興味ないかもしれないけど、周りに華が無い私には大問題よ!」
 力強く訴えてくるほたるに押される様に身を引く。
「華って」
「あ、あやめは別よ?」
「はいはい」
 嬉しそうに笑うほたるに私も嬉しく思いながら、これから数日間は噂の生徒についてはしゃいでいるんだろうなと予想した。

 この時、私はまだあの人の事だけを思っていればよかった。
 直ぐにその状況が覆されるわけなのだが。
 私と彼との距離が縮まったのはちょっとしたきっかけからだった。


 高校生活はあっという間に一年が過ぎていった。
 この一年の間、私と博都さんに大きな変化は無く、いつも通り時折休日に2人で出かけたり、両家そろって食事をしたり良好な関係を築いていた。
 
 雨が降りそうな重たい雲に空が覆われていたある日。
 学校が終わった後、博都さんと出かける約束をしていた。しかし、彼の用事が18時ころまでかかるという連絡がしたため、彼が迎えに来る時間まで教室で待機している事になった。
 今日出された宿題や予習に手を付けながら、時間をつぶす。
 あと30分で博都さんが来るなと思った時、教室の扉が開いた。そこから入って来たのは1人の男子生徒。
「あれ、人がいた」
 教室にもう誰もいないと思ったのだろう、男性生徒は私を見るとそう言った。
 扉が開いたとき、反射的に扉を見た私は男子生徒をみながら首を傾げた。
 3年生は受験勉強のためにこの時間帯まで複数の人が教室に残っている事が多いが、1,2年生の大多数は部活動をしているか帰宅している。  
 何か忘れ物でも取りに来たのだろうか。
 特に親しい人でも無かったので、私は参考書に視線を戻す。
「あ、柴田さんだ。放課後学校に居るなんて珍しい」
 そう言いながら段々と男子生徒が近づいてきた。
 再び彼の方へ視線を向けると、私の斜め左前の席に座った。
 私と目線が合うと、彼は笑った。
「放課後までここで勉強してるの?すごいなぁ」
 見た事のある男子生徒で、確か同じクラスのはずだ、名前は確か村上大。
「えっと、村上くん…ですよね」
 いきなり話しかけられたことと、顔見知り程度の男子生徒に話しかけられて、私は焦り、言葉を濁した。
「うん。…柴田さんってもしかして俺の事知らない?」
 その問いに私は首をかしげる。
 彼とは今年初めて同じクラスになった上に、去年合同授業をしたクラスにもいなかった…はずだ。私は部活に入っていないので部活動での知り合いもいない。
 今年に入って初めて彼を認識したはずなのだが、自分の記憶違いだろうか。
「今年初めて同じクラスになりましたよね」
「うん。そうか、俺の事知らないのか」
 私の言葉に頷いた後、彼は小さく呟いていた。そんな彼の反応に首を傾げながらも、私は自分にかまうのを止めてくれないかと思っていた。
 早く自分の作業に戻りたいのだが、一向に彼は去ろうとしない。
「村上君は、部活ですか?」
 さっさと戻れという口実を作る為、何故未だ学校に居るのか聞いてみる。
 すると彼は慌てて時計を見た。
「やば!稲田に怒られる」
 彼は自分の荷物が入っているのだろう鞄を急いで取ると、そのまま教室を出ていこうとする。
「じゃあ、柴田さん。また明日!」
 呆然と見ていた私に彼は言葉を残し、去っていった。
 あっという間の出来事に私は完全に機能を停止していた。少しの間を開けて、ようやく正常に動き始める。
 先程まで彼に立ち去って欲しいと思っていたのに、どうしてか私は笑いがこみ上げて来た。
「また明日、か」
 明日、彼にあったら話をしてみるのも良いかもしれない。

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どうでもいい情報。あやめは文系、ほたるは理系のクラスに進級。