春樹と透


「透、お前って薄情だな」
 パック飲料を飲みながら、春樹がぽつりと呟いた。
「いきなり何だよ」
 春樹がこぼした呟きを、彼の方を見ないで返事を返す透。
 彼の顔には、疲れが浮かんでいた。
「朝、俺に由奈が体当たりしてきても心配どころか、あいつと良い雰囲気を振りまいてたじゃないか」
「その事か」
 春樹が不満を漏らした原因を知った透は、晴れ渡る空を見上げながらあの場面を思い出す。
「春樹は俺より頑丈だから心配する事ないだろ。それに、お前のおかげで由奈の不機嫌が解消されたみたいだし」
 透の返答に、春樹は深く息を吐いた。
「いつもあいつの不満の被害にあうのは俺だ…悩みを聞いてやるのはいいが、八つ当たりは勘弁してほしい」
 項垂れながら不満を言う彼に視線を戻し、苦笑する。
 彼女は、透に決してあの様な事をしない。それは透だけが例外と言う事ではなく、全ての人に当てはまる。

 唯一人の人物を除いて。

「春樹が由奈にとっての捌け口になった原因は、自分にあるんだ。諦めろ」
 ちゃんとその事を分かっている春樹は、何も言わなかった。
 何も言わなかったが、今だに憂鬱な雰囲気を醸し出す春樹に、透は溜息を吐く。
 こんな彼の側に居たら、自分までも憂鬱な気分になる。
 そうなればきっと彼女に迷惑をかける。それは阻止しなければと、透は打開策を練り始めた。
 しかし、気のきいた言葉などさっぱり思いつかない。
 時間をかけてもしょうがないと、早々に気のきいた言葉を考える事を放棄した。
 だから、素直に自分の心に浮かんだ想いを春樹に告げる。
「由奈は、お前に甘えてるんだ」
 透の紡ぎ出した言葉に、春樹は小さく反応した。
「俺は由奈を甘やかす事が出来ないから、お前が羨ましいよ」
 きっと自分の顔が情けなくなっているだろうと思った透は、春樹に見られないように空を見上げた。
 春の空は、既に紅く染まり始めている。
 昼が終わり、夜がやって来る少しの間だけ現れるこの風景が、自分を更に切なくさせた。
「あいつが一番甘えているのは、お前だ」
 その声に、透は目線を再び下げる。
「何驚いた顔してるんだよ」
 春樹が少し不機嫌そうに指摘する。
「いや、春樹がそう言うなら、そうなのかな。…俺に由奈が甘えてくれてるなら、嬉しいな」
 透はほっこりと笑顔を浮かべる。
 それを見つめる春樹は、いきなり透の背中を強く叩いた。
「いって!!」
「おお、良い音が鳴った」
 パンッと大きく鳴った音に、春樹は被害者に謝罪を告げる事はせず、むしろ良い音が鳴ったと満足する。
 背中の痛みを堪えながら、透は春樹を睨む。
「今日のお前は、行き成りすぎる」
 弱弱しく文句を言う透に、春樹は笑いながら応えた。
 めったに見せない、清々しい笑顔で。
「自業自得だ」
 春樹の言葉に透は、はぁ?と声を上げる。
 だが、透の非難もなんのその。
 春樹は飲みかけのりんごジュースを一気に飲み干し、パックを捨てるために席をたった。



back / top / next