消えた…弁当


「ああぁ!!」



 少し寒い春の午後、悲痛な叫び声が響き渡った。



「どうしたんだ!?」
 隣りから行き成り上がった悲鳴に驚く透。
 透の隣りでは全く気にせず、春樹がゆっくりと昼ご飯を食べ続けていた。
「俺の…弁当が無いんだ」
 先程の悲鳴を上げた少年が、悲しげに告げた。
「恵のお弁当が無いのですか?」
 確認するように由奈が問うと、恵は無言で肯く。
「忘れてきたんじゃないか?」
「それは無い」
 春樹の言葉を間髪入れず、恵が否定した。
「朝学校に着いたときに鞄に入ってるのちゃんと見たから、家に忘れてきたはずはない」
 顎に手を当て、考え込むしぐさをする恵に向かって爆弾が落とされた。
「メグミちゃん目当ての誰か、に盗られちゃったんじゃないですか?」
「メグミじゃない!」
 行き成り話は変わるが、彼の名前は「恵」と書くが、読みはメグミではない。
 「恵」と書いて「さとし」と読む。
 彼はメグミと呼ばれる事を嫌う。その可愛らしい容姿も手伝って、昔から女の子に間違えられた事が直接の原因らしい。
 しかし、昔と違いって彼は柔道部所属で全国大会準優勝したこともあるほど強い。沸点が低い彼を怒らそうものなら、自分が泣きを見る事になるのである。
 そんな彼をこれ関連で今もからかうのは、彼の母親と棚部姉妹の妹ぐらいだ。
 つまり、今彼をメグミちゃんと呼んだのは沙那芽である。
 恵は沙那芽に向かって怒るが、当の彼女はどこ吹く風。笑顔で受け流す。
「ほら、俺の弁当やるから落ち着け。まだ手をつけてないし」
 恵をなだめながら自分の持ってきた弁当を差し出す透。が、そこにすかさず由奈の指摘が入る。
「透が恵にお弁当を上げてしまったら、貴方は昼食をどうなさるのですか?」
「そうだよ、透さんの弁当を受け取る事出来ない。仕方ないから購買でパンでも買ってくるよ、俺」
 しょんぼりとしながら動き出す恵に、透は待ったをかけた。
「それなら俺の分のパンを買ってきてくれ」
「何故そこまでして恵にお弁当を譲ろうとなさるのですか?!」
 何やらどんどん由奈の声に悲痛なものが含まれてきているのは気のせいだろうか、と透は思った。が、あえて何も言わない。指摘したら話がややこしい方向へ向かってしましそうだ。
  「何故って、恵はもうすぐ大会があるだろ?栄養が偏ったもの食べるのは良くないだろ。毎日久恵さんがバランスよく献立考えてくれてるのに」
 透の発言の後、ぼそりと春樹が呟いた。
「なんか、透ってお母さんだよな」
 そして少しの間が空く。
 恵は不自然に透から目線を外し、由奈は何故か表情を輝かせ、棚部姉妹の一人はニコニコ表情を変えず、一人は呆れた顔する。
 呟いた本人は何事も無かったように再び食事を始めた。
 言われた本人は顔を引きつらせて、とりあえず言葉を出す。
「母親は勘弁してくれ」

 問題はそこなのか。



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