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 気温が一気に上がり、日差しが痛いほどになった5月が過ぎ、雨が沢山降る6月になった。連日降る雨で空気は湿気を含み、じっとりと肌にまとわりつく様な不快感を覚える。
 茜は自分の定位置となりつつあるカウンターの一席に座り、テーブルに頭を乗せて外を見ている。外は土砂降りで、まるで窓に薄い膜が張ってあるようだ。
 この雨のせいか店内には茜以外の客はおらず、マスターと2人だけだ。
「はい、どうぞ」
 マスターが茜の前にマグカップを置く。茜はゆっくりと体を起こしてマグカップを手に取ると、両手で包み込むように持ち、口を付ける。中は温かいレモネードで、程良い酸味と甘味が口の中に広がる。
 店内はゆったりとした曲が流れており、微かに外の雨音が聞こえる。それらに耳を傾けながら、少しずつレモネードを飲んでいく。
 半分程飲み終えたところで、茜はマグカップをテーブルに置いた。
「外、すごいですね」
 茜がアパートから出た時も雨量が多かったが、出掛けるのには支障が無い程度だった。しかし、今外に出かければ、傘を差していても確実にずぶ濡れになってしまうだろう。
「帰る頃までには弱まってほしいです」
「予報では夜には止むらしいよ」
 そうですかとマスターに言葉を返すと、茜は窓の外を見ながら再びレモネードを飲み始めた。
「泊っていっても良いんだよ」
 マスターの提案に眉間に皺を寄せる。一気に残りのレモネードを流し込んでから、茜は口を開いた。
「遠慮しておきます。泊りの道具、無いですし」
「それは残念」
 全くそう思っていない事が分かる表情でマスターが言う。最初から茜が断る事を分かっていて言ったのだ。
 マスターは茜に向かって手を差し出す。茜は直ぐにその意図を理解し、マスターに空になったマグカップを渡した。
「またレモネード?」
「いえ、ホットミルクをお願いします」
「寒いの?室温上げようか」
 茜が温かい飲み物ばかり頼むのでマスターは店内の温度が低いせいで彼女の身体が冷えているのだろうかと心配になった。壁に取り付けてある操作パネルを使って設定温度を上げる。マスターの心遣いに茜は礼を言った。
「ありがとうございます。ここに来るまでの間に身体が冷えてしまったみたいで。震える程ではないんですけど」
「雨で気温が下がっているからね。風邪を引かないように、帰る時は厚着して行きなさい」
「上着を持ってないです。こっちに何か置いていましたっけ」
「君が置いていったカーディガンが部屋にあるよ」
 そう言えば、先日置いていったままにしていた事を思い出した。
「今取って来るね」
 マスターは茜と話している最中に戸棚から取り出していた鍋をコンロの上に置いて、店の奥に向かおうとした。それを茜が止める。
「いえ、自分で取ってきます」
 茜は立ち上がり、店の奥へ向かう。
「そう?」
「早くホットミルクが飲みたいですから」
 茜がそう言うと、マスターは苦笑して分かったと返事をした。
 喫茶店には2階があり、店の奥から行くことが出来る。2階は居住スペースになっていてマスターが1人で住んでいる。
 茜は迷う事なく階段へと続く通路を進んで行き2階へと上る。2階の廊下の壁にある幾つかの扉の内の一つの前で足を止める。
 じっと扉を見つめたまま、茜はなかなか扉を開けて中に入ろうとしない。
 しばらくして、よし、と小さく呟いてから扉の取っ手に手をかけてゆっくりと開ける。
 中は1人用の私室で、ベッドやタンス、机一式などの家具が置いてある。目的のものはここにあるはずだ。
 部屋を見渡すと目的のものが机の上に綺麗に畳んで置いてあるのを見つけた。近づいてそれを手に取ると、茜は部屋を見渡す。綺麗に掃除されている部屋を見てほんの少し居心地の悪さを覚え、茜は下唇を軽く噛むと部屋を出た。
 部屋の扉を閉めると無意識のうちに深いため息が出た。その事に茜は苦笑する。
 茜は手に持っているカーディガンの袖に腕を通してから、店に戻るため、歩き出した。

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