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 俺はいつも週末の仕事帰りに頑張った自分への褒美として喫茶店に行っていた。
 今日は珍しく午前中で仕事が終わったので一度自宅に戻ろうと道を歩いていたのだが、公園近くまで来た所である事を思いついた。今の時間帯ならあの子がここで絵を描いているのではないだろうか、と。そう思ったら自然と足が公園内の方へと向いていた。
 あの子の姿を探して公園内を進んでいく。たまに見せてもらうスケッチブックの中にはたくさんの植物が描かれていた。だから、恐らく今日もあの子は植物の前に腰を下ろして、一心に描いているのだろう。
 あの子が描いた絵を見せてもらう度に、なんて感情の乏しい絵なのだろうか、と思った。
 鉛筆であっさりと書かれている植物。
 お世辞なしに上手いと言える絵であるのだが、どうしてか、モデルとなった植物が生きていたという印象を受けない。まるで造花や無機物で作られた植物を描いたようだと思ったことがある。逆に、一度あの子が描いた絵に色が付けば様々な表情を見せてくれる。まるで描いた本人の写し身のようだ。あの子は口を閉ざすと途端に感情が読めない顔をする。だが、少し話を向ければあの子はクルクルと色々な表情を見せてくれる。
 あの子から直接色を塗った絵を見せてもらったのはたった一度だけだが、先日喫茶店でマスターにあの子が昔描いた色とりどりの絵を見せてもらった。幼い頃は今より多くの絵を描き、多くの色を使って生命を吹き込んでいたとマスターは懐かしそうに語っていた。
 成長した今のあの子が描いた色とりどりの絵を見てみたいなと言うと、マスターは悲しそうな表情になった。あの子は以前程自分の絵に色を付ける事を楽しいと思えなくなってしまったどころか、絵に色を付けることに抵抗を感じているようだとマスターは語っていた。
 そんなことを思い出しつつ、公園内を歩いてあの子を探す。
 しばらく公園内を歩いていると探していたあの子を見つけた。ベンチに座ってスケッチブックに鉛筆を走らせていた。
 声をかけようとしたが、一心に絵を描き続けるあの子の横顔がとても綺麗で、俺は息を飲んだ。驚きのためか、心臓がどくんと大きく脈打つ。
 あの子の周りだけ、違う世界のようだ。
 前々から好印象を持っていたあの子、遠野茜。
 彼女から好意を向けられているのは薄々感じていたが、俺は彼女と年が離れているせいか、どうしても妹のようにしか見ていなかった。
 しかし、俺はこの時、妹の様に思っていた女の子を、初めて女性として認識した。それは酷く衝撃的なもので、俺の頭は真っ白になった。頭が混乱してどのように動けばいいのか全く思いつかない。
 そうこうしているうちに、一段落ついたのだろう。あの子が深く生きを吐いて鉛筆を置き、肩や首を回して体の凝りをほぐしている。時折小さく鈍い音が聞こえた。
 あの子の表情は喫茶店でよく見るあの子のものに変わっていた。俺は安堵と残念な思いが混ざった複雑な気持ちを抱えながら声を掛ける。
「茜ちゃん」
 まだスケッチブックを見つめていた彼女が、名前を呼ばれ俺の方を見る。彼女は驚きで目を見開いている。
「蘇芳さん」
 俺の名を呼ぶと彼女は慌てて道具をベンチに置く。
「こんにちは。こんな所でお会いするなんて、珍しいですね。お仕事の帰りですか?」
「うん。今日は早く終わって、この時間なら茜ちゃんがここにいるかと思って」
 彼女は少し驚いた表情をした後、はにかんだ笑顔になった。
 ああ、可愛いな。先ほどの綺麗な表情も良いがこういう少し幼い表情も可愛い。そう思って直ぐに、自分の変化に驚いた。
 今までも彼女を可愛いなと思ったことがあったが、それはあくまでも自分より年下の子を暖かく見守るような気持ちと同じものだった。だが、今の自分が感じたものは好きな女の子を可愛いというそれと似ていた。
「じゃあ、一緒に喫茶店に行きませんか?」
「ああ、行こう」
 俺の返事を聞くと彼女は笑顔を浮かべ、ちょっと待って下さいと言って出しっぱなしだった道具を片付け始めた。
 自分の気持の変化に動揺しながら、俺はそれを表に出さない様、道具を持った彼女と一緒に喫茶店に向かった。

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