第1話 私と彼の関係
「あやめさん、明日は遂に博都さんとの結婚式ですね」
私の髪をすきながら、母が嬉しそうに話をする。
「はい」
母に見えないと分かっているので、私はあいまいに微笑んだ。
そう、私は明日7年間婚約していた人と遂に結婚する。
そして私は大切な人と訣別をし、あの人は心から愛する人と訣別する。
私とあの人の関係は、それに近いものだった。
あの人は私の実家である柴田家と懇意にしている天城家の次男で、5歳年上の彼は兄弟のいない幼い私の良き遊び相手となってくれていた。彼の兄も私を可愛がってくれたが、私はいつもあの人と一緒にいることを選んだ。
私の両親があの人を頻繁に家に呼んで私の相手をさせていたのは、私たちの仲を親密なものにし、将来結婚させたいという願いがあったのだろう。だから、私とあの人の関係は親が決めた許婚の様なものだ。
両家の目論見は見事成功し、あの人は私に大きな影響を与える存在となった。また、あの人にとっても自分は少なからずそういう存在となっているだろう。
それの認識が間違っているとは、今でも思わない。
例え、お互いに特別な人が出来たとしても、私とあの人との繋がりを脅かすものにはならない。決して、私とあの人の繋がりが消えることはない。
そう、信じて疑わなかった。
太陽の光で緑がキラキラ光る中。天城家の庭であの人と一人の少女が立っているのを見つけた。
その日、私は母の使いで天城の家に物を届けに行ったのだ。天城の小母さんに母からの荷物を届けた帰り道。あの人と少女が一緒にいるのを見つけた。今まで天城の家であの人が女の子と一緒にいるのを見たことは一度もなかった。私の足は地に縫い付けられた様に動かず、じっと彼らを見た。そんな私にあの人が気付き、私を呼んだ。あの人の呼びかけに、動かなかった私の足は自然と彼らの方へ動いた。彼らの元まで私が行くと、あの人が私に少女を紹介してくれた。
笑顔が綺麗な、少女だった。
あの人が紹介してくれた少女は梓という名だった。幼い自分とは違う、彼と同じ目線で物事を見られる人。それが彼女の最初の印象はだった。
何故あの人が私に彼女を紹介したのかは分からない。ただ、彼にとって大切な人になるんだろうと私は漠然と思った。
そして私の予想は現実になり、彼女はあの人の恋人となった。
今でも恥ずかしそうにしながらも、満面の笑みで教えてくれたあの人を覚えている。私は胸に痛みを感じつつも2人の関係があるべき形となったのだ、と彼らの関係を受け止めていた。この時はまだ、あの人に私より特別な人が出来たことで寂しさを感じているだけだと思っていたから。
私と彼の婚約が決定した。
父に話しがあると書斎に呼ばれ、そこで聞かされた言葉に私は衝撃を受けた。告げられた事実に呆然としていると、父は静かに言葉を紡ぐ。
「正確にはまだそういう話があるだけだ。お前が望まないのならこの婚約を断ることも出来るが。どうする」
静かに問いかける父の言葉。
その問いの答えを私は直ぐに決めた。
あの少女に出会ってから、あの人に特別な人が出来てから、ずっと焦がれていたものが手に入る。そんな好機を見す見す逃すなどという選択肢は無い。
「喜んで、博都さんとの婚約をお受けいたします」
私は父の目を見て答えた。
心のどこかで、何時もあの人の隣りにいたあの少女が羨ましかった。だから、私は自分があの人の隣りに立てる立場が欲しかった。
ずっと待っていたのだ。
「そうか、では天城さんにそう伝えておく。来週末には上谷戸の家で婚約の儀を執り行うことになるだろうから、予定を開けておきなさい」
「分かりました。お話は以上でしょうか」
「ああ」
「では、私はこれで失礼します」
父へ一礼して私は扉へ向かい外に出た。完全に扉を閉じたと同時に、大きく音をたてないように大量の息をゆっくりと吐く。
私があの人の婚約者となる。
私は今年高校1年になるので、結婚するのは数年後になるだろう。つい最近まで中学生だった私にとって、結婚というのはいまいち実感が湧かない話だ。
あの人との婚約が決まった事を嬉しいと思う反面、あの少女の姿を思い出して私は胸が痛くなった。
この婚約の話をあの人はどう思っているのだろう。そしてあの少女のことは。
だが、自分がそのような事を気にしてもしょうがないと、振り払うようにゆるく頭を振ってこれ以上考えることを止めた。
私と博都さんは上谷戸の当主の前に並び、当主から私達の婚約成立と祝福の言葉を受ける。それは私が望んでいた願いが1つ、叶った瞬間だった。
簡単な儀式が終わった後、両家と上谷戸家の人達で婚約が成立したことを祝う食事会が行われた。しばらくして私は皆のいる部屋から出て廊下の縁側に腰を下ろして外をぼんやりと眺めていた。
「あやめちゃんここにいたのね」
後ろから聞こえてた声で私は振り返った。少し離れた所に上谷戸の当主である女性、緋華里さんが立っていた。
「少し風にあたりたくて」
緋華里さんは私の隣に来て腰を下ろし、2人で縁側から見える景色を眺める。
「緋華里さんは今日の事が急に決まった理由を知っていますか?」
「うん。最初にこの話を勧めたのは私だから」
緋華里さんの発言に驚き、彼女を見る。緋華里さんは外へ顔を見つめたままだ。
「そろそろはっきりさせておかないと、2人とも別の相手を見つけちゃいそうだったから」
「そんなこと、ありえませんよ」
私が博都さん以外の人に惹かれるなんてありえない。あの人が他の人を見ていた時ですら、私はあの人から離れることが出来なかったのだから。
「そうかな。人生、何があるか分からないものだよ」
緋華里さんは、今度は私を見て少し寂しさをにじませた表情でそう言った。
私の髪をすきながら、母が嬉しそうに話をする。
「はい」
母に見えないと分かっているので、私はあいまいに微笑んだ。
そう、私は明日7年間婚約していた人と遂に結婚する。
そして私は大切な人と訣別をし、あの人は心から愛する人と訣別する。
私とあの人の関係は、それに近いものだった。
あの人は私の実家である柴田家と懇意にしている天城家の次男で、5歳年上の彼は兄弟のいない幼い私の良き遊び相手となってくれていた。彼の兄も私を可愛がってくれたが、私はいつもあの人と一緒にいることを選んだ。
私の両親があの人を頻繁に家に呼んで私の相手をさせていたのは、私たちの仲を親密なものにし、将来結婚させたいという願いがあったのだろう。だから、私とあの人の関係は親が決めた許婚の様なものだ。
両家の目論見は見事成功し、あの人は私に大きな影響を与える存在となった。また、あの人にとっても自分は少なからずそういう存在となっているだろう。
それの認識が間違っているとは、今でも思わない。
例え、お互いに特別な人が出来たとしても、私とあの人との繋がりを脅かすものにはならない。決して、私とあの人の繋がりが消えることはない。
そう、信じて疑わなかった。
太陽の光で緑がキラキラ光る中。天城家の庭であの人と一人の少女が立っているのを見つけた。
その日、私は母の使いで天城の家に物を届けに行ったのだ。天城の小母さんに母からの荷物を届けた帰り道。あの人と少女が一緒にいるのを見つけた。今まで天城の家であの人が女の子と一緒にいるのを見たことは一度もなかった。私の足は地に縫い付けられた様に動かず、じっと彼らを見た。そんな私にあの人が気付き、私を呼んだ。あの人の呼びかけに、動かなかった私の足は自然と彼らの方へ動いた。彼らの元まで私が行くと、あの人が私に少女を紹介してくれた。
笑顔が綺麗な、少女だった。
あの人が紹介してくれた少女は梓という名だった。幼い自分とは違う、彼と同じ目線で物事を見られる人。それが彼女の最初の印象はだった。
何故あの人が私に彼女を紹介したのかは分からない。ただ、彼にとって大切な人になるんだろうと私は漠然と思った。
そして私の予想は現実になり、彼女はあの人の恋人となった。
今でも恥ずかしそうにしながらも、満面の笑みで教えてくれたあの人を覚えている。私は胸に痛みを感じつつも2人の関係があるべき形となったのだ、と彼らの関係を受け止めていた。この時はまだ、あの人に私より特別な人が出来たことで寂しさを感じているだけだと思っていたから。
私と彼の婚約が決定した。
父に話しがあると書斎に呼ばれ、そこで聞かされた言葉に私は衝撃を受けた。告げられた事実に呆然としていると、父は静かに言葉を紡ぐ。
「正確にはまだそういう話があるだけだ。お前が望まないのならこの婚約を断ることも出来るが。どうする」
静かに問いかける父の言葉。
その問いの答えを私は直ぐに決めた。
あの少女に出会ってから、あの人に特別な人が出来てから、ずっと焦がれていたものが手に入る。そんな好機を見す見す逃すなどという選択肢は無い。
「喜んで、博都さんとの婚約をお受けいたします」
私は父の目を見て答えた。
心のどこかで、何時もあの人の隣りにいたあの少女が羨ましかった。だから、私は自分があの人の隣りに立てる立場が欲しかった。
ずっと待っていたのだ。
「そうか、では天城さんにそう伝えておく。来週末には上谷戸の家で婚約の儀を執り行うことになるだろうから、予定を開けておきなさい」
「分かりました。お話は以上でしょうか」
「ああ」
「では、私はこれで失礼します」
父へ一礼して私は扉へ向かい外に出た。完全に扉を閉じたと同時に、大きく音をたてないように大量の息をゆっくりと吐く。
私があの人の婚約者となる。
私は今年高校1年になるので、結婚するのは数年後になるだろう。つい最近まで中学生だった私にとって、結婚というのはいまいち実感が湧かない話だ。
あの人との婚約が決まった事を嬉しいと思う反面、あの少女の姿を思い出して私は胸が痛くなった。
この婚約の話をあの人はどう思っているのだろう。そしてあの少女のことは。
だが、自分がそのような事を気にしてもしょうがないと、振り払うようにゆるく頭を振ってこれ以上考えることを止めた。
私と博都さんは上谷戸の当主の前に並び、当主から私達の婚約成立と祝福の言葉を受ける。それは私が望んでいた願いが1つ、叶った瞬間だった。
簡単な儀式が終わった後、両家と上谷戸家の人達で婚約が成立したことを祝う食事会が行われた。しばらくして私は皆のいる部屋から出て廊下の縁側に腰を下ろして外をぼんやりと眺めていた。
「あやめちゃんここにいたのね」
後ろから聞こえてた声で私は振り返った。少し離れた所に上谷戸の当主である女性、緋華里さんが立っていた。
「少し風にあたりたくて」
緋華里さんは私の隣に来て腰を下ろし、2人で縁側から見える景色を眺める。
「緋華里さんは今日の事が急に決まった理由を知っていますか?」
「うん。最初にこの話を勧めたのは私だから」
緋華里さんの発言に驚き、彼女を見る。緋華里さんは外へ顔を見つめたままだ。
「そろそろはっきりさせておかないと、2人とも別の相手を見つけちゃいそうだったから」
「そんなこと、ありえませんよ」
私が博都さん以外の人に惹かれるなんてありえない。あの人が他の人を見ていた時ですら、私はあの人から離れることが出来なかったのだから。
「そうかな。人生、何があるか分からないものだよ」
緋華里さんは、今度は私を見て少し寂しさをにじませた表情でそう言った。